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物語の数だけキミを愛していた。ゲーム『書淫、或いは失われた夢の物語。』ネタバレ考察

正直言って、このゲームはプレミア価格でかなり高い(10万で買いました)ですし、その上なかなか市場には出回りません。

しかも十数万円もの値が付きながら文章には誤字が多く、グラフィックも今の時代に耐えられるようなものでは決してありません。

それなのになぜ、このゲームは、こんなにも心から離れないのでしょうか?

体験する物語


これは、あるひとつの物語を、ゲームという形で表現しているだけにすぎません。

個人的には耳に残るBGMも、どこか癖のあるCGもとても好きです。しかし、人を選ぶゲームではあると思います。

そもそも、果たしてこれはゲームと言えるのかどうかもわかりません。そしてこのゲームに描かれた物語は、ひとつではないのです。

このゲームの内容は、言葉で説明しても、なかなか上手く伝わらないと思います。なぜならこのゲームは、「体験」することで初めて完成する物語なのです。

もしまだプレイしたことがないのであれば、できればネタバレを見ずにプレイすることをオススメします。また、攻略も見ない方が絶対にいいです。

できることなら、どうかご自身の力で、全てのエンディングと物語を体験してみてください。

複数のストーリー


このゲームは、「書淫」「失われた夢の物語」の二つで成り立っています。

ひとつは「少女を傷つける物語」で、そしてもうひとつは「少女を愛する物語」です。

プレイヤーはまず、どちらかの物語を選択し、物語を読み進めなければなりません。

選択肢によって、物語は様々なエンディングに分岐します。そして新しいエンディングを見ることで、新たな選択肢が増えます。


つまり、あなたは何度も同じ物語を繰り返すことになるのです。


一見別々の物語のようですが、必ず二つの物語はどこかで交わることになります。

そして二つの物語が交差する時、第三の物語である「4RD LOVE」という物語が出現します。

ということで、まずは「書淫」の物語について説明していきます。

書淫


書淫、 もうこれ以上、傷つきたくないから。


「書淫」を選択すると、まずは画面にこのような文章が表示されます。

あなたは最初、その意味が全くわからないかと思います。しかし「傷つく」という言葉は、この物語における重要なキーワードに他ありません。

「書淫」の世界では、プレイヤーであるあなたはNであり、またの名をχ(エックス)といいます。Nの仕事は、ある孤立したホテルで3人の女を襲うことです。

ターゲットは、宿泊客である深紗(みさ)と、夕香里(ゆかり)と、日向(ひなた)の3人。

そしてNの所属する組織のことを、彼は「向こう」と呼んでいます。


Nはいつも、「向こう」からの依頼で仕事をしなければならないのです。


ある選択肢では、全ての女を襲います。しかしある選択肢では仕事を投げ出し、一人でホテルから去ることもあります。あなたは何度も何度も、繰り返し物語を体験をします。

さて、この物語で重要になってくる人物は、宿泊客の一人である深紗です。彼女はあるエンディングでNを刺し、彼の肉を貪ります。


一体なぜでしょうか?


そんな疑問を抱えたまま、次の「失われた夢の物語」についての説明へと進みます。

失われた夢の物語


少女はその間、ずっと「ごめんなさい」を繰り返していた。 失われた夢の物語。


「失われた夢の物語」を始めると、このような文章が現れます。

先ほどの「書淫」と比べると、物騒さはないのですが、その代わりに「後悔」や「悲しみ」を強く感じます。

手を伸ばしても届かない無力さ、失ってしまった何か……それが、この物語のキーワードになります。

この物語では、あなたは明(あきら)となって、恋人の深紗と一緒にホテルへとやってくるところからスタートします。

しかしホテルは出入り口を塞がれ、脱出することはできません。手がかりは、「冬になったら迎えにきます」のメモのみです。

あなた以外の宿泊客は、深紗、夕香里、日向の3人です。彼女たちは、「書淫」の物語と全く同じ顔ぶれです。しかし、関係性が少しずつ異なります。

エンディングによっては深紗とより深い関係になったり、日向と二人でホテルに残り愛し合ったり、夕香里の本当の気持ちを知り体を重ねるものまであります。

それはまるで「書淫」での関係が嘘のように、「失われた夢の世界」では、少しずつ彼女たちと親密になっていきます。

しかし彼女たちの中で、明と親密に描かれている描写が一番多いのは、夕香里です。


どうして恋人の深紗ではなく、夕香里なのでしょうか?


その答えは、最後の「4RD LOVE」の物語の中にあります。

4RD LOVE


先生は、おぼつかない足取りで自分の方に向かってくる人物の瞳の奥を見据えた。薄暗い瞳だった。


ここでの先生は夕香里であり、あなたは患者です。そしてカルテの名前には、波平と書かれています。


つまり、あなたはNであり、χであり、明であり、そして波平でもあるのです。


彼は、恋人である深紗と雪山で遭難しました。食べ物はすでに底をつき、深紗は足を折り、もう何日も救助の気配はありません。

雪で覆われて「閉じ込められたまま抜け出すことができない」状況の中で、彼は深紗の願いにより、体を重ねます。


しかしその最中、「生きて」という言葉を残して、深紗は自らの命を絶ったのです。


あなたは愛する彼女のその言葉を守るため、かつて恋人であった深紗の肉を食べ、生き残ろうとします。そして救出された時、彼はすでに「世界」を失っていました。

「彼」は彼の中で産み出された「彼女」と「共に」、その「世界」で「生きて」いた。


彼は二つの物語の中で深紗を生み出し、永遠に自分を罰し続ける「書淫」の世界と、永遠に閉じ込められたままの「失われた夢の物語」の世界の中で生きていました。

彼の主治医である夕香里と、看護師による日向は、自らが彼の物語の登場人物となり、「彼の世界」へと介入しようとします。

ある時は「女を襲うことを仕事にする世界」を。ある時は「冬になるまで閉じ込められたまま抜け出すことができない世界」を。

彼女たちはそれぞれの役割を演じることによって、何度も繰り返します。

しかし、彼女たちもまた、問題を抱えていました。夕香里は過去に患者を救えなかった過去から、日向は両親の不仲による過去から、それぞれがトラウマを抱えていたのです。

そうだ。彼は彼の「物語」の中で、私を「治療」していたのだ!


明は「失われた夢の物語」で、深紗と同じくらいに、夕香里と日向のことも愛していました。

そして彼は、彼女たちの悩みを知り、孤独を知り、そして受け入れたのです。

すべてを明らかにして、そこから答えを「選択する」事の方が、より良い結果を生むのではないか——私はそう「願って」いた。


最後に夕香里は、ある賭に出ます。彼に「世界の真実」を教え、選択をさせようとしたのです。

キャラクター考察


彼が最後にどのような選択をしたのかを説明する前に、各キャラクターについての考察をします。

日向(ひなた)


日向は「ある個人的な理由」で、彼の治療を急いでいました。

「書淫」では、日向は彼の世界に、強引に干渉しようとします。

私は彼に憎しみを抱いている。今、こうして私の前に悠々と生活している彼に。


なぜ日向は、彼のことが憎いのでしょうか?

それは言わば、逆恨みでした。日向の家族は、彼女の父の汚職による不正のスクープ記事により、バラバラになってしまったのです。


同じ紙面の隅に、「彼が遭難中に恋人の肉を食べて生き残った」という記事が載っていたのにも関わらず。


私は最初、日向の気持ちがなかなか理解できなかったです。そう考えても彼は被害者でしかなく、ましてや日向の父との関係は全くありません。

しかしそのことを考えていくうちに、日向は「何もかも忘れて、過去のことなんてなかったかのように生活している彼」が憎かったのではないか?と思うようになりました。

あの時からずっと抱きつづけていた父への軽蔑を、彼の口から晴らしてくれれば。彼の口から謝罪の言葉を聞けたら。


彼は発見当初、幼児退行をしていたそうです。そして今は、たった一人で「自分の世界」の中を生きている。

そんな風に全てのことを忘れて自分の殻に閉じこもる彼は、全てを抱えて生きてきた日向にとって羨ましく映ってしまったのかもしれません。

「失われた夢の物語」では、日向たちは閉じ込められたホテルの中で、毎日共に生活をしていました。時には笑い合い、時には本音をぶつけ合う。それはまるで、本当の家族のようでした。

そんな中、世界は冬を迎えて外への扉が開かれます。しかし日向はホテルの部屋から出ようとせず、一人で残り続けることを選びました。


それは彼女が、この世界に愛着を持ってしまったからに他ありません。


日向は彼の作った世界を、愛しました。そして彼もまた、この世界で彼女を愛したのです。

深紗(みさ)


「…恐……い……の。……ほん……とは……。ほん……とに……すごく……」


雪山の中で、最後に深紗はこの言葉を言います。そして彼は、その言葉にこう返しました。

僕はこれ以上ないというほど彼女を強く抱き締めると、深紗に僕はここにいるから、深紗と一緒だから、と伝えた。


しかし深紗は、死んでしまったのです。

そして彼は、「二つの世界」の中で深紗を生み出します。それぞれの物語の中で、深紗は彼とともに生き続けました。何度も過去を繰り返し、忘れてしまわないように。

彼の世界に生きている深紗もまた、彼の一部だったのです。そんな後悔と罪を抱えながら、彼は世界を繰り返していました。

しかし、夕香里や日向のの介入によって、「彼の世界の深紗」は少しずつ変化していきます。

彼を愛していたから。
彼を愛していたから、殺したかった。
彼を愛していたから、一緒に居たかった。
彼を愛していたから、消え去りたかった。
彼を傷つけないように。
彼に事実を伝えないで。


彼を守るために現れた、深紗という存在。

それは深紗を愛する彼が生み出した、彼のための子守唄なのでした。

あなた


Nであり、χであり、明であり、波平でもあるあなたは、愛する者の肉を食べました。

親しい人や愛する人の肉を食べている自分の姿を想像しようとしてみましたが、できませんでした。

当たり前ですよね。そんなのできないし、したくないし、考えたくないです。

でも、生きなければならない。そして生きるためには、食べるしかありません。

生きて



深紗のその言葉は、祝詞でもあり、呪いでもあります。


ずっと、自分を罰し続けていた彼。
そしてそんな彼を救ったのは、夕香里と日向でした。

夕香里(ゆかり)


「失われた夢の物語」での夕香里の仕事は、「人の夢の絵」を描くことでした。

人の心に触れ、その夢を描く手伝いをしているのだと。夕香里は彼にそう説明します。

恐らく、あの活況で彼が見た姿、あれは逆転移と考えて差し支えないだろう。


「転移」とは、「患者が主治医に対して、他の人に抱いていた感情を重ねてしまうこと」を言います。

例えば、家族や恋人を愛していたり憎んでいたら、治療の過程でその感情を主治医に向けてしまう、ということですね。

「逆転移」とはその逆で、「主治医が患者に感情を重ねてしまうこと」なのです。


夕香里さんの肩が震え、そしていつか見た夢のようにその口からは嗚咽がもれた。そして、また、ごめんなさい。

その瞬間、夕香里さんは再び少女に戻っていた。



「失われた夢の世界」では、彼にとって夕香里は、まるで傷ついた少女のように見えました。

夕香里は、過去に患者を救うことができませんでした。そしてその時の後悔を、今もずっと抱えています。

夕香里は彼の心を癒やし、そしてまた彼も、そんな夕香里の心を癒やしたのでした。

しかし、現実の二人の関係は、ただの「主治医と患者」でしかありません。そして冬が終わると同時に、二人の関係はまっさらな状態に戻ってしまいます。

それでもこの世界の中で、二人は確実に、お互いを愛していたのです。

彼の選んだ世界


彼が目覚めたとき、そこはベッドの上でした。ふと病室を見回すと、そこにはリンゴを剥く夕香里がいます。

「ねえ、夕香里さん」
「……なに?」
「この物語は、本当の物語なのかな?」


この物語が本物かどうかは、誰にもわかりません。

この世界は、作り物なのかもしれません。あるいは、今までの世界が本物だったのかもしれません。

そう、絵を描いてもらうのだ。

僕が眠りつづけていた間見た、永い永い夢の絵を。
その絵のタイトルは——————


彼は、自分の「夢」を受け入れます。そしてその「夢」は、彼がずっと目を背け続けたものでした。

絵のタイトルが何なのかは、誰にもわかりません。でもきっとそのタイトルは、優しくて、素敵なものになるんじゃないかなと思いました。


たとえば、『書淫、或いは失われた夢の物語。』のように。


そういえば、「4RD LOVE」の意味するところをよく理解できていないのですが…

「4RD」に近い「Ford」という単語には、「浅瀬」という意味がありますね。そしてもうひとつ、「4RD」に近い単語は「3RD」なので、それと「fourth」がかかっているのかなと思いました。


※追記:コメントで情報をいただきました!前作のセカンドラブと関係があるようです。


水際の浅瀬のように、3と4の間の、夢と現実の狭間で漂いながら、4人の女の子たちを愛している。

深紗、彼の中のもう一人の深紗、日向、そして夕香里のことを。

物語の数だけキミを愛していた。


ゲームのキャッチコピーには、こう書かれています。

この物語のキミは、深紗でもあり、日向でもあり、夕香里でもあり、彼でもあります。

あなたがこの物語をクリアするまでかかった時間、試行錯誤そのものが、彼の、彼らの物語でもあるのです。


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