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やさしい縄で、縛って。漫画『ナナとカオル』ネタバレ感想

この物語の本質はあくまで、サブタイトルにある「ステップアップSMラブコメディ」だと思います。

SMと聞くと、人によっては嫌なイメージが浮かんでくるかもしれませんね。

確かに、この漫画の中で描かれている行為は、ハードなものがほとんどです。

ではSMとは果たして本当に、そういう用途でしか用いられないものなのでしょうか?

青春の物語


この物語は、ナナとカオルの「どこにでもある青春」の中のひとつです。

何度もこの本を読み返している内に、そんなことを思うようになりました。

ナナとカオルに出会った後では、SMはコミュニケーションツールの一種でもあるのだと、今なら理解できます。

SMを通して、お互いが何を考えているのか、何を感じているのかを、少しずつ探っていく。

これは、そんなナナとカオルの、不器用でまっすぐな、青春の物語なのです。

キャラクターについて

カオル


カオルは、どこにでもいる男の子です。好きな女の子がいて、そして自分に自信がない少年です。

ただ唯一、他の男の子と違うところはSMが好きだということでしょう。

カオルはいつも一人で、幼なじみの大好きなナナが、自分の下で跪く姿を妄想しています。

それはどこか、歪んだ愛情なのかもしれません。


だけど、それも含めて全部、ナナへの愛情なのです。


そしてそんなカオルの前に、ナナが妄想通りの衣装になるような出来事が訪れます。

今 このラッキーでしか
オレなんかが ナナの肌に
ふれられる機会はないんだよ


妄想が現実になった時、カオルはとても怖がります。

憧れのナナが、自分の手の届く場所にいる。触れたい、嫌われたくない、怖い。でももしかしたら。

手を 伸ばせカオル
カオルッ!! カオルッ!!


そしてカオルは、勇気を出してナナに手を伸ばします。ここから二人の物語は、動き始めたのでした。

卑屈だけど、根は優しい男の子。コンプレックスはあるけれど、彼は物語を通して一番成長します。

そんな彼の姿は、時折、まさにヒーローのように格好良く映るのです。

ナナ


真面目で不器用な女の子。それがナナです。

一見彼女は完璧です。頭も良くて、皆に優しいナナ。でも本当は、誰にも甘えることができなかったのです。

そんなナナにとっての「息抜き」は、カオルとSMをすることです。


ナナは、純粋に「息抜き」を楽しみたいだけの女の子なのしょうか?


それは、ナナにとってほんの表面的なことにすぎません。

彼女はSMを通して、カオルと心を触れ合わせます。どうして私はこんなことをするのだろう、どうしてこれは気持ち良いのだろう。そんな疑問を抱きながら。

そしてナナは、いつしか自分の気持ちに気付きます。

何もできない自分…
弱い自分
秘密の…自分
見ないフリしてた自分に
気づいて…それが
すごく…気持ちよくって


ナナは、自分を偽って生きてきました。

優等生の仮面を被った、弱虫のナナ。ナナもまた、コンプレックスを抱えていたのです。

でもカオルの前だけは、Mの時だけは、本当の自分になれる。そんなギャップが、とても可愛く映ります。

おすすめエピソード


この漫画の好きなところは、そんなナナとカオルの二人の距離が、少しずつ近づいていくところです。

もどかしいような、じれったいような、どこか甘酸っぱい二人の物語。

そんな中でも、個人的に好きなエピソードについて話します。

尻編


4巻30話〜5巻34話の「尻編」では、ナナの心に抱えた不安を垣間見ることができます。

いい子なんかじゃ…ない
私…いい子なんかじゃないの


カオルから与えられるお尻の痛みに、ナナはなぜか安堵を覚えます。でもその一方で、ナナは涙を流します。

心の奥底で、自分に対して抱いていた感情。それを認めることは、やっぱり苦しいです。

オレが一番知ってっからさ
ナナが頑張ってんのもっ!
ナナがみんなに頼られてんのも
みんなにすげェ好かれてんのも
知ってんだっ


しかし最後に、カオルはナナに向かってこう言います。

カオルはナナの気持ちを分かった上で、ナナの苦労や頑張りを認めてあげたのです。

そんなSになりきれない、優しいカオルだからこその言葉が、私はとても好きです。

肉編


7巻55話〜8巻65話の「肉編」では、カオルの内面が深く掘り下げられます。

カオルのナナへの想いは、好きという単純な言葉では表すことのできないものでした。

ナナをむちゃくちゃにしたかった
ナナをくしゃくしゃにしてやりたかった
あのナナ…を
オレの オレなんかの手で…


カオルが隠してきたナナへの感情は、歪んだ醜いものかもしれません。

自分だけのものにしたい所有欲と、小さな手のひらの中にに閉じ込めておきたい独占欲。

ナナの全身を革のスーツで覆い、その身体をただの「肉」にすることで、カオルはごまかし続けてきた自分の欲望と向き合うことになります。

オオ…オレっさ
ほ…んと…はっちっ
千草奈々…のォ
…そばに
ずっと…いたい…


程度の差はあれ、好きな女の子を自分のものにしたいと思わない人が、いったいどれほどいるのでしょうか?


「ずっとそばにいたい」


そんなカオルの悲痛な叫びを、馬鹿にしたり、気持ち悪いと蔑んだりすることが、私にはできません。

それはとても純粋で、素直で、まっすぐな気持ちだと思います。

顔編


10巻85話〜11巻94話の「顔編」は、ナナの過去とそれにまつわるお話です。

ナナはずっと、優等生の「仮面」を被っていました。両親や先生や友達に向けての良い子の顔。

しかし、いつしかその「顔」は、彼女の表面を覆い隠し、ナナさえも本当の自分がわからなくなってしまいます。

でもそれ壊れちゃったら
わたしっ 全部ッ
今までの私が
わたし…がなくなっちゃう


私はナナという女の子に、とても親近感を抱いています。

本当の自分を出すことの怖さや、今までの自分を失うことの怖さ。それはきっと誰の中にでもあって、でもナナはそれを上手く表現する方法を知らなかっただけなんじゃないかなと思います。

そんな矛盾した、がんじがらめの感情の中で、ナナはもがき苦しみます。

誰よりも器用生にきてきたせいで、誰よりも不器用に育ってしまったのです。

おっおっ お前のっ
こっ…言葉や表情やっ
そんな後から身につけたもん
全部奪ってやっただろッ!?


苦しむナナに、カオルは革のマスクで彼女の顔を覆って隠してやります。

しかし、それでもナナは、まだ本心を言うことができません。

辛くても言えない。辛くても泣けない。そんなナナに、カオルは冷水を浴びせます。

にっ 逃げんなッ
ナナッ!!
泣けッ



そしてナナは、叫びました。


キライッ 大ッ嫌イッ!!
キライッ!!
キラ…イ…ミン…
ミん……な
…みん…な
だいすき
みんな…だいすきなのっ
すきっ!!
パパとママのことだいすきっ!!


そしてカオルは、ナナを力強く抱きしめます。全部の気持ちを吐き出して、ようやくナナは解放されたのでした。

汗、涙、よだれ、鼻水。ぐちゃぐちゃになったナナのマスクを外し、カオルはこう言います。

バーカ
今の…ナナも
キレイだよ


それは本当にぐちゃぐちゃで、そこにいつもの「優等生のナナ」はいませんでした。


でもこれが、「本当のナナ」なのです。


私はナナとカオルのエピソードの中で、この話が一番好きです。

全てをさらけ出したナナと、それをしっかりと受け止めてあげるカオル。

それは、この二人のSMに対する姿勢そのものではないでしょうか。

二人の結末


他にも、書ききれないほどのエピソードがたくさんあります。

その中で彼らはいつも、心を通わせたり、そして時には距離を置いたりを繰り返します。

いつも不器用で素直になれない。でも本当は、とても大切に思っている。そんな状態のまま、彼らは最終話を迎えます。

清彦編


18巻152話〜最終話までは、「清彦編」があります。

清彦とは、ナナとカオルの物語の中で明確な「悪役」として描かれる存在です。

縛っても決して傷つけない?
優しい楽しい…ソフトなSM?
反吐が出るッ!!


清彦は、ナナやカオルとは全く正反対の思想を持つ男です。でもSMという行為をするという点では、同じなのです。

ラストは、ナナに危害を加えようとする清彦、つまり「SMを自分の欲のための道具として扱うものの象徴」から、カオルがナナを救って終わります。

清彦は、のようなものだと私は思います。

相反する存在のように思えて、実はナナやカオルもまた、「自分の欲のためにSMを行っている」のです。

いつまでたっても…
なれる気がしねーよ
ナナの 隣にいて
いい男に


全てが終わった後、カオルはナナにそう告げます。

自分の無力さ、迷い、悔しさ。たくさんの感情が渦巻いて、カオルは顔を上げることができません。

そんなカオルに、ナナは首輪を差し出します。

私だって
カオルの横にいたいよ
頑張ってるカオルの隣に
ふさわしい人でありたい


そして二人はまた、「息抜き」を始めるのでした。

二人関係は、世間的にはおかしな風に映るかもしれません。

でもそれは、二人が二人であるための方法でしかないのです。


隣にいるために。


そんな願いを込めながら、カオルはナナを縛ります。そしてナナもまた、カオルに縛られます。

優しい縄


あなたの縄は優しすぎて…
それじゃあ 私
何も諦めることができない


ところで、作中に出てくる小説に、こんなセリフが使われています。


「優しい縄」とは、一体どういうことなのでしょうか?


優しさには、2つの意味があると思います。

ひとつは自分のための優しさと、そしてもうひとつは相手のための優しさです。

カオルの縄がどちらの優しさなのかは、私にはわかりません。でも、もしかしたらその縄は、どちらの縄でもあるのかもしれないなと思いました。

あなたの縄は優しすぎる。でも、だからこそ。

どうかあなたのやさしい縄で、彼女を縛り続けてくれますようにと、願ってしまうのです。



ナナとカオル 1 (ジェッツコミックス)

ナナとカオル 1 (ジェッツコミックス)

  • 作者:甘詰留太
  • 発売日: 2013/06/10
  • メディア: Kindle版
好きなエピソードだけ読んでも良いのですが、やっぱり最後まで通しで読むのがおすすめです。

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