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愛と正しさは呪いか?PS4『ライフイズストレンジ2』ネタバレ感想

愛されることと正しさを教わることは、呪いなのだろうか?

このゲームをクリアした今も、私にはその答えに迷っています。

ゲームのネタバレを交えて感想を書きながら、愛と正しさとは何なのかを考えたいと思います。

このゲームについて


『ライフイズストレンジ2』は、前作『ライフイズストレンジ』の続編です。


ライフ イズ ストレンジ - PS4

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私は前作を遊んでいますが、もし遊んでいなかったとしてもプレイできると思います。

前作では、時間を巻き戻すことができる少女が、「親友」か「自分たちの住む故郷」のどちらを救うかを決断するというストーリーでした。

今作では、ある兄弟が主人公です。しかしプレイヤーが操作できるのは、何の力もない兄のショーンだけです。しかし弟のダニエルには、物を自由に操ることができる超能力があります。

父親が亡くなったことをきっかけに超能力が目覚めてしまったダニエルは、大事故を巻き起こします。ダニエルの力により家や街は破壊され、駆けつけた警官も亡くなってしまいました。

その光景を目の当たりにした兄のショーンは、気絶したダニエルを抱えてその場から逃げ出してしまいます。なぜなら父親はメキシコからアメリカへの移民で、その家族である自分たちの話を警察は話をまともに取り合ってくれないと感じたからです。

ショーンはダニエルと共に、メキシコにある父親の故郷のプエルト・ロボスへと向かいます。楽園を夢見て、兄弟は「ここではないどこか」へ逃げようとするのです。

前作との違い


前作と比べると、今作はスケールが小さいと感じるかもしれません。しかしゲーム内で扱われるテーマは大きいです。

【ネタバレ注意】物語の構想や注目のポイントなどを聞いた「ライフ イズ ストレンジ 2」開発者インタビュー|ゲーム情報サイト Gamerによると、

メインテーマは家族と教育で、サブテーマは人種、信仰、障害、人生の方向性、政治的信条、性別などを理由にした「排除」


とのことです。なぜこのようなテーマを扱うのかというと、作中で兄弟が生きるために何かを選択しようとするからでしょう。

前作への不満点として、運命を決める重要な選択肢が最後にしかなかったことが挙げられます。

しかし今作ではそれが解消されているので、常に重要な決断を迫らます。好みは分かれると思いますが、個人的には今作の方がより好きです。

つまらなくてイライラする?


このゲームの感想としてよく挙がるのが、「イライラする」という意見だと思います。

なぜなら好き勝手に動き回る弟のダニエルは、プレイヤーにはどうすることもできないからです。他にもゲーム中では、まるで人生のようにどうすることもできない理不尽な障害が立ちはだかります。

このゲームは5つのエピソードから構成されていますが、それぞれのエピソードごとに環境もがらりと変わってしまいます。

そのため、「すぐに結果を出したい人」や「強くなって敵をねじ伏せたい人」や「ゲームに爽快感を求める人」にはつまらなく感じるかもしれません。


でも、だからといってこのゲームが「回りくどくてつまらない」のかというと、そうではないと思います。


私が最近プレイしたゲームで言うと、『ラストオブアス2』が好きなら『ライフイズストレンジ2』も好きと感じる人が多いのではないでしょうか。


www.kotoshinoefoo.net


自分ではどうすることもできない問題に対して抗おうとしている人々を描いているという点では、上記のゲームは似ていると思います。

『ライフイズストレンジ2』では、兄のショーンが直接何かを出来るわけではありません。ですが選択肢によって、弟であるダニエルの言動が変わります。

つまり自分の小さな決断によって、状況を少しだけ変えることができるのです。感想は十人十色だと思いますが、私はこれを面白いと感じました。


私は『ライフイズストレンジ2』を、自分と他者の人生を変えることができるゲームだと思います。


家族でも友達でも動物でも、何かに働きかけたことで状況が変わったという経験があるのなら、あなたはもっとこの兄弟のことを身近に感じることができるでしょう。

でもそれには根気がいるし、結果はとても分かりづらいです。でもその分、得られるものがあるのではないかと思います。

兄弟について


ゲーム中に感じた主人公である兄弟のショーンとダニエルについて、思うことを書きます。

ダニエルの超能力


作中では、ダニエルの超能力に関する説明は全くありません。どうしてそのような力を手に入れたのかは、最後まで明かされませんでした。

でも、それでよかったと思います。なぜならこれは誰にでも起こるかもしれないことに翻弄される兄弟の話だからです。

超能力と言うと非現実的なものと感じるかもしれません。ですがそれを、「ある日突然事故で失ってしまった身体の一部」や「偶然開花してしまった才能」に言い換えたとしたらどうでしょう。

そういう風にゲーム内での超能力を「現実にも起こり得ること」に置き換えると、理解しやすいかと思います。

ショーンの人生


このゲームは、人によってプレイスタイルがかなり分かれるかと思います。

大きく二つに分けるとしたら、「ショーンの人生を大事にする」「ダニエルの人生を大事にする」かのどちらかでしょう。

私は後者だったので、中盤くらいまでショーンを操作しているのにダニエルのことばかりを考えていました。でもそんな中、エピソード3の冒頭でショーンは自分の過去を思い返します。

部屋に飾られた陸上のトロフィー、自分で描いたスケッチ、友達と行くライブのチケット、遊ぶためのスケボー用具…

まだ家族が平和に暮らしていた頃のショーンの姿を見て、私は「このままだとショーンの人生はどうなってしまうんだろう?」と思いました。

ショーンの人生は、紛れもなく彼のものです。ですがゲーム内の彼は、ダニエルのための人生を生きていました。

ダニエルは9歳ですが、ショーンもまだ16歳の子どもです。どちらも幸せにしたい、でもどうするのが二人のためなのか私には分かりませんでした。

価値観について


ゲームをプレイしていて感じた、価値観や正しさについて思うことを書きます。

自分にとっての正しさ


与えられた環境やショーンの選択肢で、弟のダニエルは外見や言動が大きく変わります。

だから私はゲーム中、常に模範的な行動を心がけていました。できるだけ盗みもせず、人を傷つけないような道を探していました。自分がそれを正しいと思っているからです。

ダニエルもそんなショーンを真似て、その通りに行動しようとします。するとダニエルは最終的に、言葉遣いが綺麗で、人を傷つけず、自分の言うことをよく聞く素直な子になりました。


でも私は、そんなダニエルが怖くもありました。


ダニエルは自分を映す鏡だと私は思います。だからこそ、私の正しさは絶対ではないのに、まるでそれが唯一の真実かのように行動するダニエルが怖いのです。

そしてそんなダニエルとは対照的に、ショーンは物語の中で目を失い、罪を重ね、自分の願いすらも抑圧します。絵を描くことが好きだったショーンは、以前のように物の立体感を捉えることも難しくなりました。

ダニエルのためを思い、自分を犠牲にしたことは果たして正しかったのだろうか?プレイしながらずっと、そんなことを思っていました。

愛と正しさの呪い


物語の終盤のエピソード4では、ショーンとダニエルの母親であるカレンが出てきます。

カレンは何年も前に子ども達を置いて家を出て行ったきり、兄弟の前に姿を見せませんでした。それなのに突然現れたカレンは、ショーンに向かって「自分の人生を歩むために家を出た」と言います。

私の価値観では、カレンのしたことは親として間違っていると思います。でも同時に、人としてはそれで良かったとも思います。


そしてカレンは、選ばなかった世界線の自分だとも思いました。


カレンは自分の母親から、とても正しい教育を受けてきたのだと思います。なぜならエピソード2で出てきたカレンの両親は、厳格で昔ながらの価値観を持った人たちだったからです。

正しいことを正しいとして、その生き方を子どもに強要する。その教育通りカレンは良い娘であり、良い母親であろうと努力しました。

でもカレンは、そんな人生に耐えられませんでした。カレンは家族を捨て、社会から切り離された「アウェイ」という場所で暮らします。そこは砂漠の真ん中で不自由な場所でしたが、自由でもありました。

ゲーム中にカレンの住むトレーラーハウスを調べると、彼女が出せなかった「両親への手紙」を読むことができます。そこには自分の本心をぐちゃぐちゃにペンで消して、両親が望むであろう正しい言葉遣いに直されている手紙がありました。

カレンはずっと、こういう風に両親から人生を塗りつぶされてきたのでしょう。カレンがメキシコ人の夫と結婚したのも、一種の反抗と憧れからくるものだったんじゃないかと思います。

でも、それでもダメだった。そもそも結婚することや子どもを持つことすらも、カレンにとっては愛と正しさの呪いだったのかもしれません。

エンディング分岐について


エンディングは大きく分けて4つに分岐します。

分岐する基準は「ダニエルの道徳性」と、「ショーンの最後の選択肢」です。

以下、簡単にですが各エンディングになる条件の説明をします。

贖罪

物語を通してダニエルの道徳性が高く、最後の選択肢で自首すると「贖罪」エンドに辿り着きます。

ダニエルは兄の自首を受け入れ、ショーンは少年院に入ります。

離別

物語を通してダニエルの道徳性が高く、最後の選択肢で国境を超えると「離別」エンドに辿り着きます。

ダニエルは国境を越えることを拒否し、ショーンは一人でメキシコに向かいます。

一匹狼

物語を通してダニエルの道徳性が低く、最後の選択肢で自首すると「一匹狼」エンドに辿り着きます。

ダニエルの暴走から兄は亡くなり、ショーン不在のまま弟は一人でメキシコに向かいます。

血を分けた兄弟

物語を通してダニエルの道徳性が低く、最後の選択肢で国境を超えると「血を分けた兄弟」エンドに辿り着きます。

ダニエルとショーンは警察を振り切り、二人でメキシコに向かいます。

二人の行方


各エンディングの違いについて、思ったことを書きます。

ショーンの居場所


各エンディングの違いとしては、「メキシコに向かったショーンは笑顔」「アメリカに残ったダニエルは笑顔」だということです。

メキシコに向かったショーンは、ダニエルに手紙と写真を送ります。その写真に写ったショーンは、何者からも自由になれたような笑顔でした。

そもそも、メキシコのプエルト・ロボスに向かうことを決めたのはショーンです。


もしかするとショーンはずっと、アメリカに自分の居場所がないと思っていたのかもしれません。


反対に、自首すると決めたショーンに待っている結末は「絶命」か「少年院」です。ショーンが生きていたとしても、15年間も少年院に入ることになります。

ショーンがプエルト・ロボスに向かうことになったきっかけは、差別と父親が亡くなったことにあります。もしかするとショーンの中では、ダニエルが超能力に目覚めたことや、母親であるカレンに捨てられたことも関係しているのかもしれません。

きっとショーンはこれまでの人生で何度も「どうして自分がこんな目に遭わなきゃいけないんだ」と思ったことでしょう。

故郷のアメリカなんてどうでもいい。うざったい弟なんてどうでもいい。何もかも捨ててメキシコに向かうショーンの姿は、アウェイに向かったカレンとそっくりです。

でもやっぱり、全てを捨てることはショーンにはできないと思います。ショーンは愛されて育ちました。だからショーンがメキシコに向かったとしても、いつかきっとダニエルに会いに行くのだろうと思います。


なぜなら子どもを置いていったカレンは、兄弟の元に帰ってきたからです。


カレンは窮屈な思いをしていましたが、彼女は両親から愛されて育っていました。その接し方はカレンを傷つける間違ったものだったかもしれないけど、確かに愛はあったと思います。

反対に、この物語では両親から愛されて育っていないと思われる登場人物がいます。それはエピソード3のメインキャラクターである少女キャシディ青年フィンです。

キャシディやフィンも含めて、彼らの属するキャンプにいる人達はみな倫理観を失っています。放浪の旅を続けて盗みを働き、まともな仕事もしていません。私は個人的に彼らの人となりが好きだけど、社会的に彼らが許されることは現時点ではないとも思います。

愛されて育っていない彼らは、きっと二度と故郷には帰らないでしょう。そこにショーンとの違いがあるのだと思います。

プエルト・ロボスは楽園か?


各エンディングを見てもう一つ思ったことは、エピソード5で出てくるメキシコ人夫婦についてです。

メキシコ人夫婦は、子供のためにメキシコからアメリカに逃亡しようとしていました。これはアメリカから逃げようとしたショーン達と真逆の行動です。


夫婦の言葉を借りると、自分たちが向かおうとしているプエルト・ロボスは「楽園」ではなく「地獄」だったのです。


逃げて、逃げて、逃げて、その先に待ってるのは「人の理を外れた世界」でしょう。不毛の地で楽しく暮らしていたキャシディとフィンのように、そこでは人でありながらも人ではなくなるのです。

ショーンの父親であるエステバンは、メキシコの話をあまりしたがりませんでした。恐らくエステバンもメキシコ人夫婦のように、プエルト・ロボスから逃げてきたのだと思います。

エステバンがショーンとダニエルを育てるために逃げてきたプエルト・ロボスに、兄弟が逃げていくのは皮肉のようにも感じられます。

ロボスはメキシコ語でオオカミを意味します。なので作中に出てくる兄弟狼のモチーフは、恐らく絶滅危惧種のメキシコオオカミでしょう。


ja.wikipedia.org


かつてメキシコに生息していたメキシコオオカミは、家畜などを食べる獣害として駆除されて数が減ったことから絶滅危惧種として保護されています。

生きるために起こした行動のせいで迫害される。同じ生き物なのに人と共存できない姿は、行く当てのない兄弟と似ています。

贖罪の意味


私が何の情報も得ず、初めてプレイして辿り着いたエンディングは「贖罪」エンドでした。

「贖罪」エンドでのショーンは自分の罪を認めて自首することを決意し、ダニエルはそれに了承します。

それから15年後、少年院からショーンが出て来ます。迎えに来たのはダニエルとカレンでした。その後、ショーンはダニエルと共に思い出のキャンプ地に向かいます。そのキャンプは兄弟がプエルト・ロボスを目指して旅をしていた時に、初めて辿り着いた場所でした。

大人になったダニエルは、身振り手振りを使ってショーンに色々なことを話します。何を言っているかは分かりませんが、ダニエルの表情は笑顔でした。


ショーンはそんなダニエルを穏やかな顔で見ていましたが、そのあと静かに涙を流します。


彼の涙の理由は分かりませんが、ここで改めて贖罪という言葉の意味を調べます。

贖罪(しょくざい)の意味 - goo国語辞書によると、贖罪の意味は二つあります。

一つは、

自分の犯した罪や過失を償うこと


そしてもう一つは、

人類の罪を償い、救いをもたらした教義

というキリスト教用語です。

「贖罪」エンドでショーンはキリストのように犠牲になり、ダニエルに救いをもたらしました。

恐らくこのエンディングに込められたものは、どちらの意味も掛かっているのでしょう。

感想


『ライフイズストレンジ2』で描かれた物語のように、現実では多くの理不尽な問題が人生を取り巻いています。

現実世界において、大抵それらは自分の力ではどうすることもできず、すぐに結果は出ないことがほとんどでしょう。

だからといって私は「より良い世界に変えていきたい!」などと大それたことは言えません。怒りもあるにはありますが、どちらかというと諦めの感情の方が強いです。

誰だって自分の過去を変えることはできません。前作の主人公なら可能かもしれませんが、少なくともショーンや私には無理です。

そしてやり直せたとしても、その選択には犠牲が伴います。私は前作で親友のクロエを助けましたが、そのせいで故郷のアルカディア・ベイは犠牲になりました。

どちらも救うことができないのなら、「どんな選択肢を選んでも誰かのせいにしないこと」が大事なのだと思います。そうじゃないと、自分や他人を傷つけてしまうことになります。

「贖罪」エンドで泣いていたショーンは、もしかすると自分の人生に後悔したのかもしれません。

自分の選択は間違っていたのかもしれない、なんであんなことをしてしまったのだろう、と自分や他人を責めたのかもしれません。でも、それじゃあんまりです。


だから私は、ショーンの涙が喜びから流れたものであってほしいと願います。


弟のダニエルはいつも、ショーンを含めた周囲の大人たちから自分の人生をコントロールされてきました。このゲーム中にダニエル自身が選び取れるものは、ほとんどありません。

そんなダニエルが、心から笑顔になっているエンディングは「贖罪」だけです。自分が全てを託したダニエルがまっすぐに育ってくれたということだけで、私はもう十分だと思います。

ショーンが私と同じ思いなら救われるような気がします。だからきっと、そうであってほしいと願います。



ライフ イズ ストレンジ 2 - PS4

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パッケージの絵がすごくいい!兄弟が歩いているのは最初のキャンプ地周辺ですね。

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