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誰も傷つかず幸せになれる3つの理由。映画『おっさんずラブ LOVE or DEAD』ネタバレ感想

何かの続編や完結編を観て、思わず後悔したり悲しくなったりした経験はありませんか?

私にとって『おっさんずラブ LOVE or DEAD』は「期待を裏切られるどころかそれ以上で、とても素晴らしい作品だった」と胸を張って言うことができる作品でした。

今回は、そんな連続ドラマの完結編として公開された劇場版『おっさんずラブ』の感想を書きたいと思います。

おっさんずラブ≒ボーイズラブ


「男同士の恋愛もの」といえば、いわゆるボーイズラブ(BL)という言葉を連想するのではないかと思います。

ボーイズラブ(Wikipedia )は女性向けジャンルの一種なので、よほどのボーイズラブ好きではない限り、自ら「男同士の恋愛もの」を見ようとは思わないのではないでしょうか。

しかしこの『おっさんずラブ』はボーイズラブを描いたのではなく、その名の通りおっさん達の愛をただ真摯に丁寧に描いている作品なのだと思います。

もちろん誤解しないでいただきたいのは、私はBLもGLも少年漫画も少女漫画も分け隔てなく、面白ければどんなジャンルの作品でも好きになります。何かと比べてBLが劣っていると言いたいわけでは決してありません。

そもそも私が『おっさんずラブ』を知ったきっかけは、2016年に放送された単発ドラマを偶然観たことでした。



ストーリーも設定も面白かったのですが、「マイノリティの恋愛」を地上波で描いたというだけで、私にとってこの作品はとても魅力的に感じました。

そして2018年には連続ドラマとして放映され、流行語やTwitterのトレンド世界一になるほどの人気タイトルとなりました。



本当にいつの間に、世間はここまで多様性に寛容になったのでしょうか?

私の主観ですが、少なくともこの数年間でマイノリティや弱者に対する風当たりは徐々に弱くなっていったように思います。

しかし同時にその寛容さというのは、具体的には何とは言いませんが「正義を振りかざしている」ように感じられることもありました。


そんな中、この『おっさんずラブ』はどこまでも優しく、どこまでも暖かく、そして押し付けがましくないのです。


人が人を愛するには、一体どうすれば良いのだろうか?

簡単なようでいて難しい問いかけに、全力で答えてくれたのが『おっさんずラブ』という作品なんだと思います。

誰も傷つかず幸せになれる理由


まず視聴者が一番気になるところは、「この映画を観て裏切られたりしないか?」ということではないでしょうか。

私の主観ですが、連続ドラマの『おっさんずラブ』が好きな方が映画を観て心配するようなことは全くなかったように感じました。


映画のパンフレットには「誰も傷つけず誰かを幸せにできる」というコンセプトで作られたと書かれてありましたが、その通り期待を裏切られず、それでいて愛が詰まった素晴らしい作品だったと思います。


具体的にどんなところが良かったのか、その3つの理由について書いていきたいと思います。

春田と牧の関係性


私が最初に気になったのは、まず「春田と牧の関係性が映画でどう描かれるのか?」ということです。

「せっかく連続ドラマで結ばれた二人が破局する結末なんて観たくない!」と思う方も多いのではないでしょうか?

私は連続ドラマ最終話の感動を裏切られたくないなと思っていましたが、その心配は杞憂に終わりました。


しかしもちろん重要なのは、破局やゴールインに限らず、二人がどのような結末を迎えるのかということだと思います。


物語の主人公である春田(はるた)は、連続ドラマ最終話にて牧(まき)にプロポーズをしましたが、二人のその後を描いたのが今回の映画です。

臆病な牧は、作中では自分の本音をほとんど発しません。しかし牧は内緒で香港にやって来て開口一番「ニーハオ!」と笑顔で言ったり、突然「夏祭り行きますよね?」と聞いたり、春田が誘拐されて人質に取られた時に全力で走って助けに行ったりします。

なのに突然「もういいです」と突っぱねたり、何も言わずに行動したりするので、私は牧が何を考えているのかを理解しづらかったです。

反対に春田は、どんなことでも言葉や態度で気持ちを表します。久々に香港で再開した時に脇目もはばからず「牧!」とはしゃいだり、普段から言動や表情で思考が分かりやすいのですが、その分考えなしに行動している部分も多く見受けられます。


つまりこの作品で裏切られるかどうかは、全て「彼らの行動が受け入れられるか」に懸かっているのに等しいのだと私は思います。


他者の言動が受け入れられるかどうかというのは、とても線引きが難しいです。しかし個人的に思うのは、「その人物の言動は予想よりも逸脱していないか?」という点だと思います。

その観点からすると、今回の劇場版『おっさんずラブ』で予想の範疇を超えたキャラクターは誰一人いませんでした。

最終的に、牧のシンガポール転勤により二人は離れ離れになりますが、それでも「お互いを愛し合うことを決意する/決意させる」終わり方になっていて良かったです。

五角関係の恋愛模様


次に私が気になったのは、「五角関係はどのように描かれるのか?」ということです。

予告等でも散々出てきた「五角関係」というワードですが、もしかするとこの言葉に怯えた方もいるのかもしれません。


www.youtube.com


せっかく春田の部長である武蔵(むさし)が春田への恋心を断ち切ったのに、またその感情を記憶喪失によって取り戻し、さらに新キャラである狸穴(まみあな)正義(ジャスティス)が春田と牧のライバルとなる…

これだけ書くとしっちゃかめっちゃかな展開とストーリーになってもおかしくはないのに、最初から最後まで物語は破綻せずとても綺麗にまとまっていました。


なぜかというと五角関係は、春田と牧のすれ違いを描くための単なるギミックに過ぎないからです。


この作品で本当に描きたかったのは、「結婚するにあたって二人の関係を構築するにはどうすればいいのか?」ということだと思います。

映画内では「夢」というワードが多く出てきましたが、結婚するということはその夢を諦めたり妥協したりしなければならない可能性があるということでもあります。

自分がやりたいことを貫くためには、相手の理解や協力が必要になります。それができないと独りよがりになり、パートナーとは言えなくなるからです。

牧は夢のために仕事を頑張る振りをしながら、実際は春田と意見を交わし合うことを極端に恐れ、話し合いを放棄していました。

否定されるのが怖いから牧は一人で抱え込んで過労で倒れたのに、それでもまだ春田には気持ちを伝えようとはしません。

春田も夢のために一生懸命になる牧に嫉妬をし、その結果物語の中盤に勢い余って別れることを提案してしまいます。

お互いに好きなはずなのに、大事なはずなのに、その正反対の言動を取ってしまう。そうやってそれぞれの感情をぶつける花火大会のシーンでの熱量は演技ではないような気がして、見ている方も辛く悲しく苦しい気持ちになるほどでした。

それほど心が動かされたので、私はこの場面がとても印象に残っています。

蛇足にならない


最後に、私が一番心配だったのは「完結編が蛇足にならないか?」ということでした。

最近、何とは言いませんが「続編や完結編で裏切られた!」という話をネットで見ることが多いように思います。

私にもそのような経験があるので、この『おっさんずラブ』でも自分が好きになった作品に落胆するのが怖くて、前評判を観てから行こうと決めていました。

そうして恐る恐る映画を観て思ったのは、「観に行ってよかったな」ということです。

事前に心配していたような展開などもなく、素直に楽しいシーンでは笑って、辛いシーンでは悲しんで、最後には感動して涙することができる。そんな作品だったと思います。

そして同時に、様々な人に配慮した優しくて愛のある作品だとも思いました。

例えば武蔵のことが好きな武川(たけかわ)や、武蔵の元妻である蝶子(ちょうこ)、そして蝶子と付き合っている歌麻呂(うたまろ)や、彼と別れてしまったちずなどにも、きちんとそれぞれの描写があるのが嬉しかったです。

そういえば少し話が逸れますが、歌麻呂や正義の名前はいわゆるキラキラネームですが、その名前について作中で疑問に思う描写はあるものの否定はしないというスタンスがとても好きです。


この作品には、他人を否定する人は存在しないと思います。


十人十色、それぞれに愛の形があります。真っ直ぐに相手を愛する者もいれば、素直になれずぶつかったり、傷つけあったり、時には一人で抱え込んでしまったり…

ただそこには傷つきたくない臆病な牧と、ずるい春田がいるだけです。そして彼らはそれでも、お互いを愛し合うことを誓い合ったのです。

細かく見ていくとストーリーには突飛な展開があるようにも感じるかもしれませんが、それを上回るくらいに勢いと愛がある作品でした。

気になる方は、ぜひ安心して観てほしいなと思います。

「おっさんたちの」愛の物語


作中ですれ違う春田と牧の二人にもどかしくなりましたが、結婚とはそのようなものだと思います。

「愛があれば何もいらない」などという言葉がありますが、私自身そうは思いません。私は結婚して数年ほど経ちますが、お金があるからこそ今の生活が送れているし、何よりすれ違いや喧嘩やぶつかり合った時に愛なんてものでは解決しなかったと感じています。


結婚生活を送るために必要なのは「丁寧な話し合いと、程よい妥協と、忍耐強さ」であって、そこにはキラキラとした華やかさはなく、あるのは日常の積み重ねだけだと思います。


改めて連続ドラマを振り返ってみると、最終話で「結婚してください!」と叫んだ春田は、本当に勢いと感情でしか発言していなかったのだと思います。

だからこそ仕事に逃げる牧と、それに対して不満が募る春田には、観ていてとても共感するものがありました。爆発シーンなどの画面は派手でしたが、伝えたいことはとても地味で小さなことなのではないでしょうか。

だからこそ炎の中で春田が言ったセリフは、心からの誓いの言葉だと私は思います。

健やかなる時も病める時も、それでも相手を愛していくという決意。指輪を渡したり、結婚してくださいと言葉で伝えたりするのが結婚ではなく、覚悟こそが重要なのでしょう。

春田は物語の終盤、牧と結婚することで「今の法律では男同士は結婚できないこと」と「子どもが作れないこと」をはっきりと口にしていました。

つまりこの『おっさんずラブ』の世界では、現実に準拠したルールがあるということです。そこはフィクションだけど、限りなくリアルに近い世界なのです。


ファンタジーやフィクションとしてのボーイズラブじゃなく、紛れもない現実の、おっさんたちの愛の物語。


もしかしたらこれは『おっさんずラブ』ではなく、もはや『おっさんずライフ』なのかもしれません。

スクリーンの向こう側で生きている、おっさんたちの人生と、おっさんたちの感情。

どんな人にも共通する「気持ち」があるからこそ、こんなにも心が動かされたのだと思いました。

シーズン2と「おっさんの」愛の物語


(2019.9.29追記)ツイッターにて、「おっさんずは複数形ではなく所有格のず」という旨のツイートを読みました。



このツイートを読むまで気付かなかったけど、恐らくタイトルの「おっさんず」には複数形と所有格のどちらもかかっているのでしょう。つまりこれはおっさんたちの愛の物語でもあり、おっさんの愛の物語でもあるということです。

一人の「おっさん」である武蔵が春田を愛することによって、春田もまた一人の人間を愛するようになった。これは「武蔵の」愛の物語でもあり、そして「春田の」愛の物語でもあります。

だからこそ、シーズン2のin the skyでは武蔵と春田のキャストだけが続投になり、そこに牧の姿はなかったのでしょう。しかし劇場版のラストで春田は「牧じゃないと嫌だ」と叫んでいたのに、「in the skyでもう新しい相手を見つけるのか!」と驚く気持ちや寂しい気持ちもあるのは事実です。

でも単発ドラマにはハセがいたように、そして連ドラには牧がいたように、また新しい関係性が生まれることは楽しみでもあります。


その関係は化学反応のようで、決して狙って作ることはできません。それはきっと愛のように、ゆっくりと育んでいくことしか方法はないのだろうと思います。


しかし「春田と牧の愛」だからこそ、こうして映画化まで求められるほどの深いものになり得たのだとも思います。それほど二人の関係性は唯一無二(もちろん春田とハセの関係性も)のものでした。だからこそ単発のラストシーンや、連ドラのラストシーンや、映画のラストシーンの春田の気持ちに、私は心を動かされたのかもしれません。

春田と武蔵、そして牧を取り巻く「一つの愛の物語」は、この映画にて完結しました。そしてまた新たな「愛の物語」が、シーズン2から始まるのでしょう。

私はただ、最後まで「春田と牧の愛の物語」をしっかりと描いてくれてありがとうと言いたいです。次の物語も楽しみにしています。



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